陽だまりの夢。


10 

夢を見た。
夢の中の私は、人間の姿をしていた。
その世界は、荒廃の極みにあるようだった。
夢の中の私は親に売られ、人買い商人の巨大なカートに乗せられていた。
しかし、そんな私を救ったのは、皮肉な事にモンスターの襲撃だった。
運良く、その混乱の中から逃げ延びた私は、ある村にたどり着いた。
そこは、『ひまわりの村』……。

カーン……カーン……。
「俺達は『火周り』の者さ」

少し無愛想に見える青年の顔が夢の中の映像に割り込む。
この人は……知ってる。

カーン……カーン……。
「こうやって火の神の周りに集い、鍛冶をして生計を立てている。だから『火周り』」

夢の中、体力を消耗し倒れた私を介抱しながら、その人が話している。

カリカリカリ……。
「この紋様か? 火の神……つまりお天道様の周りで槌を打つ俺達の姿を描いたものらしい。
 どこかあそこに咲いている大きな花に似てるだろ? だから、俺達はあの花も『ひまわり』と呼ぶんだ」

どこかで見た事があるような紋様とどこかで聞いた事のある響きの彼らの名前。
なんとなく、現在の私が『あの人』に惹かれ、たどり着いた本当の理由がわかったような気がする。

「あんた、どこから来た? どこへ行くんだ?
 いや……言いたくないなら別にいい。悪かった……。
 ………………そうか。
 ……そうか。…………そう、か。なるほど。うん、わかった。苦労したんだな」

ポツリポツリと語る夢の中の私。
ああ、そうだ。私はこうして……。

カーン……カーン……。
「なら、ここにいるといい。
 行く先も役目も何もないと言うのなら、あんたも今日からこの村の一員として生きればいい」

そう言って、夢の中の青年が小さく笑う。

カリ……。カリ……。
「いろいろあったとは思う。……親の事を恨んでいるのかもしれない。
 ……だったら復讐を誓ってもいい。その権利は、確かにあんたにはあるんだから」

「でも」と、青年は出来上がったばかりの短剣の柄をこちらに差し出しながら続ける。

「手段を……間違えてはいけない。
 俺達はこうして武具も作る。
 ……でも、だからと言って、実の親子が武器を持ち、殺し合いをするのを望んでいるわけじゃない。
 あんたが復讐のために取らなきゃいけない手段は『幸せになる事』だ。
 あんたを捨てた両親よりも、遥かに穏やかな幸せに包まれることが、あんたを傷つけた人達への何よりの復讐になる。
 そして、あんたを見守る人達への何よりものはなむけになる。
 武具は、ホントは人に対して使わないに越した事が無いんだ。人を傷つければ、そこには不幸しか残らない。
 不幸は、周囲に更なる不幸を撒き散らすけど、幸せは幸せを呼ぶんだよ」

私も幸せになってもいいの?
夢の中の私の唇が、確かにそう動いた。
その臆病な質問に対し、青年は淡々と、こう告げた。

「当然だ」

そうだ……。
こうして、私も『ひまわり』になったんだ。
手渡された短剣は、この村の住人のしるしとしての意味があるのだそうだ。
行き場がない私の、それは希望に見えた。


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あれから数ヶ月の月日が経っていた。
「ただいまっと」
俺はいつもの草原のいつもの場所で、いつものように俺を待っていた真彩にいつものように『ただいま』をする。
お帰りなさい、と微笑みかけてくる真彩から、彼女の『命の水』を受け取りつつ、俺はカートの中の『戦利品』を指し示す。
「天津はいいところだった……」
「え……って、なにこの鉄と星のかけらの数っ!?」
驚く真彩の声が、今の俺には誇らしい。
何しろ『鉄』は武器の製造には欠かせないものだ。
少しでも彼女の助けになれたのなら、これ以上に嬉しい事はない。
「今度、トラジとジルも誘って皆で行こう。あいつらでも結構行けそうな所に思えたから」
「あ……うんっ」
俺の提案に、嬉しそうに頷いてくれる。
先日、ついに新天地『天津』への航路が解放された。
俺も真彩も楽しみにしていた日が、ついに訪れたのである。
ルーンミッドガッドからの観光客も少し落ち着いた頃、俺は一人で件の『天津』へと赴いた。
別に抜け駆けをしようとしたわけではない。
ただ、戦闘があまり得意ではない真彩でも大丈夫な所かどうかを下見しようと思っての行動。
ぶっちゃけてしまえば、実は街そのものの観光と言う点に関してのみ言えば、全くと言っていい程、していない。
「待ち遠しいな……」
小さな真彩の呟きに、俺はつい吹き出してしまう。
「そんなに楽しみだったのか、天津」
笑いを含んだ俺の声に「それもあるけど」と、更に小さな声で呟きが続く。
「これで一つ『結婚』の実装が近づいたんだなって……思ったの」
最後の方は、囁くような本当に小さな声だった。
……『可愛い』と感じてしまったのは、仮にも年上に向かって失礼だったりするのだろうか。
俺はゆっくりと、真彩に近づき、そして真彩もおずおずと視線を俺の方に上げて、そして……。
「「こんにちは〜っ」」
ちびっ子二人の登場に、つい二人してビクッとその距離を開けてしまう。
「よ、よお今日はやけに早いな」
「い、いらっしゃい、ソヒーは今日は一緒じゃないんだね?」
「うん、眠そうだったから卵に戻してる。……なんか二人とも、顔赤いよ?」
「何かあったんですか?」
わかってくれてない様子の二人の言葉に、俺と真彩はお互いの顔を見合わせ小さく呟く。
「はっはっはっ……何もなかったさ、なぁ?」
「うふふふふ……もうちょっとで何かがあったんだけど、ね?」
そして響く、乾ききったような二つの笑い声。
しばらく辺りには、張り詰めた糸が切れた後のような空気が漂っていた。
ちょっと……悲しかった。


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夢の中の映像は、どんどん進んで行った。
村での仕事はきつかったけど、それでも私は幸せで、一生懸命に生きていた。
朝、日の出よりも早く起き。
昼、響く槌の音と共に体を動かし。
夕、村人と共に労をねぎらい、笑いあう。
単調で、忙しい、幸せな毎日。
しかし、ある時を境にその幸せは終わった。
人為的に起こされたモンスターの襲撃……テロ。
荒廃した時代にあって、武器の製造は需要ある職だ。
それに加わるでなく、ただ僻むだけの人が起こした、テロにより、村は多大な被害に襲われた。
そして私も……。

夢の中では、私と村の女子供達、そして数人の男達が村の傍、古くからある巨大な洞窟へと逃げ込んでいた。
私も小さな子供達の世話役を買って出て、村の人達の力になろうとした。
皆でお互いを支えあえば、何だって乗り切れると信じて、頑張った。
だが、ある時……男手の中の一人が、いつの間にかいなくなっている事に気がついた。
『あの青年』がその人を捜すため集団から離れ、洞窟の奥を捜す事になったのだが、私もそっとその後を追った。
何か、胸騒ぎがしたのだ。
……そして、その不安は的中してしまった。
距離を置いて、青年の姿を追った私は、やがて前方から言い争う声を聞いた。
片方は、あの青年のもの。そしてもう片方は、いなくなった男のものだった。
騒ぎの元凶となったその男は私より少し後に村に入ったのだが、あまり仕事をせず、評判の良くない者だった。
そして私と青年は、その男から信じられない話を聞いてしまう。
自らの事を棚に上げ、村の人々をやっかんでモンスターをけしかけた犯人が、実はその男だったのだと言う。
男は、私達が見ているその前で『枝』を折る。
狭い洞窟内に現われる、巨大なモンスター。
男は、自らが召還したそのモンスターにあっさりと潰され息絶えたが、そんな事は私にはどうでもよかった。
目の前で、青年がそのモンスターに襲われそうになっていた。
私は大声で青年の名を呼び、私に気付いた青年も必死にこちらへと向かってくる。
幸い、モンスターの足はそれ程早いものではなく、私と青年は逃げ出せると思ったのだが……。
狭い洞窟内で、巨大なモンスターが暴れたせいだろうか。
気がつくと、私の隣に青年の姿はなかった。
突然落下して来た、巨大な岩に潰され、青年は見るも無残な肉塊へとその姿を変えていた。
あまりにもあっけない、あまりにも唐突な命の終わり。
私は迫ってくるモンスターの事も、残してきた村の皆の事も忘れ、その岩の前にペタンと腰を落とした。
私は、その時に、その身に感じていた光を失った。
追いついたモンスターに体が引き裂かれても、私の意識はその場を離れなかった。
長い年月と共に、青年の体が腐り、土となっていく傍らで、私はその身を魔物へと変えて行った。
そしていつしか記憶が薄れ、その助けとなるべき『痕跡』も消えた頃……、私は自分が何を失ったのかを忘れてしまった。
ただ、暖かな何か……眩しい何かを失ったのだと、それだけを覚えていた。
そして私はその場を離れ、巨大な洞窟内を彷徨いだしたのだ。
いつか失くしてしまった『ひかり』を捜し求めて。


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