陽だまりの夢。
8
カーン……カーン……。
カーン……カーン……。
カーン……カーン……。
『真彩』の槌が奏でる懐かしい音色。
私はこの『曲』を聞くたびに、心の中が暖かな『何か』に満たされるのを感じる。
私は、この『曲』を知っている。
あの洞窟でいつかに失くした私の記憶の中で、きっと私はこの曲と戯れて過ごしていたのに違いない。
カーン……カーン……。
カーン……カーン……。
カーン……カーン……。
真彩の奏でる優しくも雄雄しい音色。
血の通わない冷たい体に、暖かさをくれる。
「よし、出来た……っと」
槌の音が止み、真彩の機嫌の良さそうな声。
獲物を槌から小さな金具に持ち替え、出来上がった武具に小さくサインを刻んでゆく。
『真彩』という二文字と、それから小さな記号。
ぐるぐる渦巻きのまわりに八方に小さな三角を付け加えた、小さな太陽のような記号。
「これはね……ひまわりのマーク」
これね……と、自分の頭の上に咲いている大きな花を指差して私に教えてくれる。
「私はね、ひまわりなんだって。ゼノくんに言わせると」
そう言って、にへら……っと相好を崩す。
周囲に他の人がいない今、その笑顔を見られるのは私しかいない。
ゼノさんは狩りへ。
『これじゃ、材料が足らなくなるだろう?』と不器用そうなウィンクを残して出かけた。
そして私の『飼い主』である小さな二人は『じゃ、お供しますっ!』とその後を追っていった。
だから、残ったのは私と真彩の二人きり。
だから、この可愛らしく崩れたこの人の笑顔をみることが出来るのは、今は私だけ。
「これ、実はゼノくんに貰ったの」
本当に幸せそうに、はにかみながら惚気る。
「私、製造をするために戦闘の腕をそっちのけで修行してたから、レベルを上げるための狩りが苦手だったの。
でも、ゼノくんが一緒に狩りに行こうってずっと私を連れ出してくれたから、今、こうして私は槌を振るうことが出来るの。
で、二人で転職をした次の日に、ゼノくんがこれ、私にくれたの。
『腕試しにミョルニール山脈に行ったら、フローラが落とした』
そうぶっきらぼうに言って、私に押し付けたの。
私には、これがぴったりだって。
女心としては微妙だったんだけどね〜。
ひまわりって、バラとかと違ってあまり綺麗な花じゃないし、匂いも微妙だし」
相槌を打つだけの私に、真彩はあんまりな内容の話を嬉しそうなへらへら笑いのまま続ける。
私の目に、その不恰好だけどなんか良い笑顔が、綺麗に焼き付いていく。
「それでも、自分のことを『花』だと言われて悪い気はしなかった。
ううん、すごく嬉しかった。そして、その言葉をくれたゼノくんにどんどん惹かれて行った。
ゼノくんが私の事を『ひまわり』と言うなら、私にはゼノくんが私にとっての『太陽』に思えたの。
……知ってる? ひまわりの花言葉。
『光輝』 『愛慕』 『憧れ』
この辺のモノをゼノくんが意識してくれてたらいいな、とかちょっと期待してた。
そして極めつけがこれね……『あなただけを見つめる』」
笑いに、少し苦いものが混じった。
そして、歌うように告白を続ける。
「『私はひまわり』
『太陽さん、あなたの光が私の好物です』
『私の前で、眩しく輝いていてください』
『曇らないで下さい。光を失わないで下さい』
『あなたが見えない時、私はいつもしょげて俯いてしまいます』
『俯き、しおれて、いつか枯れてしまいます』
『私は、私がまっすぐ立つために、貴方の光が欲しいのです』
……こんな気持ちなのかな。
だから私は、私の隣にいた私よりちょっとだけ年下の太陽さんだけを見続けてきた。
……だけど、私は他のひまわりよりも強欲だから、太陽さんの光を独り占めしたくて仕方がなかった」
私は、自分の懐から真彩に貰った『ひかり』を取り出し、その銘の部分を確認した。
『真彩』の文字の傍らに小さく輝く『お日様の花』の紋様。
どの花よりも太陽の光に恋焦がれ、真夏の最も強い光の中で美しく真っ直ぐに咲き誇る花の紋様。
「だから、ドキドキしたの。
『結婚』の噂を聞いたとき、私は……ものすごく焦った。
自分の心臓の音が、耳の中でうるさいくらいに響くのに、流れているはずの血液は体温を奪っていくかのよう。
ゼノ君が……私じゃない『誰か』に取られるかもしれない。
未来を想像した。
暗い未来を想像した。
幸せそうな笑顔を浮かべるゼノ君が、私じゃない誰かを傍に置いて私に祝福を要求する。
それどころか、私なんか置き去りにして、ゼノ君は『誰か』と何処かへ行ってしまうかもしれない。
そんな未来を想像するたび、頭の中を歪で重い鉄の塊がごろごろと転がる感じがした。
背筋を冷たくてべとべとした汗が流れて、何度も吐き気を覚えた。
怖かった。
嫌だった。
許せなかった。
その未来を受け入れる事が、どうしても出来そうになかった。
いや、それを受け入れてしまったら、私はどう行動するのだろう?
太陽の光を浴びることが出来なくなったひまわりは、どうなってしまうんだろう……なんて、想像し易い未来に身震いした」
言葉通り、小さく身を振るわせる真彩。
私はそっと、その頭を胸に抱きしめた。
喋ることが出来ない私の、精一杯の慰め。
大丈夫、大丈夫……と口を動かす。
太陽の光を浴び、熱を宿した青味がかった髪を優しく優しく撫でる。
「……優しいね」
胸の中で小さな声がする。
答えることが出来ない私は、肯定も否定も出来ずに同じ行動を繰り返し続ける。
「貴女に……本当は一つ、謝っておきたい事があったんだ。ゴメン」
同じ姿勢のまま、告白は続く。
「その短剣はね……あまり前向きな気持ちで作ったやつじゃなかったんだ。
告白の前に、私が星のかけらを三つも入れたグラディウスを作ったのはね。
もし、告白が上手くいかなかった時……自分の喉を突くためのモノを用意したかったからなの。
星のかけらが入っていれば、絶対にその『攻撃は外れない』から。
喉を狙えば、きっと外すことなくね……うん、出来た……と思ったんだ。
……もちろん、願掛けの意味だってあったのよ。
成功率がものすごく低い星のかけらが3つ入りの武器。
それを支援なし、装備なし……あくまで自分の技術だけで作れたら、告白だって成功する。
自分の力で……成功させられる。
運命を自分の手で掴み取る自信を得たいと思って、あの時私は槌を振るっていたの」
私の手が、一瞬止まる。
自分が『ひかり』を譲ってもらったやり取りを思い出し、『かちり』と記憶のピースがハマる。
結構……いえ、かなり衝撃的な告白だった。
それでも……。
私の手は、行動を再開する。
それでも私にとって、あの時貰った『ひかり』はかけがえのない物なのだから。
「許して……くれるの?」
私の手の動きは止まらない。
私の確固とした意思で、止めない。
それが答えなのだから。
それに……その話が本当だとしたら、私は自分の存在を誇りに思えるような気がする。
それぞれの思いはどうであれ、結果として私はこの人の手から『闇の塊』を奪ったのだ。
そして、ゼノさんが言うように、本当に私に真彩の製造の運を上昇させる力が少しでもあるとしたら……。
私は、真彩に星のかけら三つ入りを成功させたと言う『自信』を持たせる事すら手伝えたということになる!
それは、なんて嬉しい事なのだろう……っ。
「………………」
「………………」
しばらく、無言の時間が流れた。
その間、私はずっと、真彩の髪を撫で続けた。
瑞々しい彼女の髪は、それだけで私の心に、体に活力をくれるかのように思えた。
やがてポツリと。
「……私、幸せでもいいのかな?」
真彩の小さな呟きが漏れた。
私は手を止めた。
ゆっくりと、両手で真彩の頭を抱き締めて、離す。
そして、顔を上げた真彩の目の前で、精一杯の笑顔を作り……笑いかける。
当然、と言う想いを込めて、笑いかけ続ける。
幸せは幸せを呼ぶんだよ、と心のどこかで声が聞こえた。
その声に励まさせるように、私は目の前の少しだけ大きな『女の子』の恋を応援し続けた。
9へ