陽だまりの夢。
6
6月29日。
先日の商人の話。
アイツの友達だったという女ナイトから気になる話を聞いた。
その話の正直な感想を書いておこうと思う。
この気持ちを忘れないように、しっかりと文字にして残す。
アイツは、馬鹿だ。アホだ。
超が付くほどの大マヌケなお人好しだ。
有り金無くしてピーピー泣いてるところを拾って貰った俺が言うのもなんだが……何でこんなやつが笑って生きていられるのかと思うと、俺は神の存在を疑わずにはいられない。
今思い出しても情けないことなのだが、俺は二日前に露店詐欺被害に会った。
20zの看板のミルクを200zで売ると言うオーソドックスなヤツにお約束どおりに引っかかって全財産を失った。
その時に声をかけられたのが、件の商人である。
貰った金は、もしかしたら大した金額じゃないのかもしれない。
それこそ、あの時アイツが冗談で言った『3倍返ししてね』の言葉もいつか余裕でその更に10倍にして『返す』ことが出来るようになるのかも知れない。
…………。
しかし、その大した事ない金額は、今の俺達にとってはものすごく大した額だった。
俺にとっても、あの商人にとっても、だ。
あの女騎士の情報は、こういう物だった。
『あの時』あっさりと『まーや』が俺にくれた金額は、アイツにとって約3日分の売り上げに当たる物だったらしい。
俺と別れた後、資金不足で狩りに行く事が出来なくなり、昨日今日とミルク売りばかり繰り返して過ごしているそうだ。
だから多分、今もあの場所でミルクを売っているに違いない。
女騎士は「ま、いつものことだけど」と笑っていた。
それまで、俺の中ではアイツに対する申し訳なさやら有難さやらがめちゃくちゃに渦を巻いていたのだが、この話を聞いたときには、それらはあっさりと霧散してしまっていた。
アイツは、アホだ。
超がつくほどのアホだ。
初めて会った見知らぬガキに、話を聞いただけであっさりと大金をあげると言う。
有難すぎて、本当にバカみたいだった。
面倒見がよいのにも、ほどがあると思った。
だから俺は、神の存在を疑った。
神は、いないんじゃなかったのか?
あんないいヤツが、神様のいない世界で、何であんな笑顔のまま生きていけるんだ?
何でそんなヤツと俺は、知り合うことが出来たんだ?
そう思った時から、俺には『やること』が一つ増えた。
いや『やりたい事』が一つどころではなく大量に出来た。
『あのアホと、何があっても友達になること。そして何があってもあいつを裏切らないでいる存在になる事』
それこそ、アイツが自分の持っている全てを見知らぬ他人に譲り渡して空っぽになってしまったとしても、俺は『友達』でいよう。
だから俺は、これまでのようにやさぐれたままでいてはいけないと思う。
戦うのが苦手な『友達』の分、俺が強くなって引っ張ってやりたいのだ。
強くならなければいけないのは、前から決まっていた事。どこに問題があるだろう?
だから、俺は今日これから、アイツのところに行こうと思う。とりあえずは一緒に狩りに行く事から始めなければ。
まーやの方から『迷惑だ、離れてくれ』と言われるまで、俺はアイツの友達をやめない。
絶対に、やめない。
……いや、だからその前にアイツの友達にならなきゃいけないんだけど。
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カーン……カーン……。
カーン……カーン……。
……ペキっ。
「あ〜……」
カーン……カーン……。
カーン……カーン……。
……ペキっ。
「あぅ……」
カーン……カーン……。
カーン……カーン……。
カーン……カーン……。
カーン……カーン……。
カリカリ……。
「……ふう」
「成功率は今のところ三割ってところか」
「ん〜……そうだね」
かちゃかちゃと金敷の上に鉱石を並べていく真彩。ただいま製造中。
なかなかそう上手くは行かないようだ。
「まぁやさんこんにちは〜」
「こんにちは〜」
「……(ふわふわ)」
「……お、もうそんな時間だったか」
「ん、いらっしゃい」
ちび二人と例のソヒーがやってきた。
こいつらは食事時になると、ひょっこりと現われる。
これもひとえに真彩の餌付けの賜物と言えよう。
……可哀想に。
「あ、製造中?」
「ん」
返す言葉も短く、真彩は製造に集中している。
仕方なく俺はカートを漁り、ちびっ子達に餌を手渡してやる。
……ちなみにカートは真彩のものだ。
しっかりと(餌付けの)準備をしてある辺りはさすがと言えよう。
「「いただきます」」
パクパクモグモグシャリシャリボリボリガッツガッツ。
ちびっ子達は旺盛な食欲を発揮して用意された食べ物を平らげて行く。
俺もその横で、自前で持ってきた肉に口をつける。
そんな俺達を尻目に、真彩は製造を続ける。
そしてその真彩に近づく影が一つ。
「……ん? 見る?」
「……(こくり)」
件のソヒーだ。
俺とちびっ子達は、なんとなくその様子を眺めながら食事を続ける。
「懐いてるのか?」
「懐いてるね」
「懐いてますね」
なんとなく生暖かい瞳で俺達は見守る。
カーン……カーン……。
(じ〜……)
カーン……カーン……。
(じ〜……)
カーン……カーン……。
(じ〜……)
カーン……カーン……。
(じ〜……)
カリカリ……。
「……ふう」
(にこ〜)
カーン……カーン……。
(じ〜……)
カーン……カーン……。
(じ〜……)
カーン……カーン……。
(じ〜……)
カーン……カーン……。
(じ〜……)
カリカリ……。
「……よし」
(にこにこ)
カーン……カーン……。
(じ〜……)
カーン……カーン……。
(じ〜……)
カーン……カーン……。
(じ〜……)
カーン……カーン……。
(じ〜……)
カリカリ……。
「……んっ」
(ぱちぱち)
カーン……カーン……。
(じ〜……)
カーン……カーン……。
(じ〜……)
カーン……カーン……。
(じ〜……)
カーン……カーン……。
(じ〜……)
カリカリ……。
「……ふう」
(にこにこにこ〜)
・
・
・
・
「ちょっと待て。なんだその成功率っ」
「ん?」
「……?」
延々と繰り返される製造の宴に、つい茶々を入れてしまった。
しかし……。
「え……なにこれ?」
「何って、自分で作ったものだろ?」
何。
何ってそれは武器に決まっているだろう。
何かに取憑かれたように作り続けた真彩の傍らには、出来上がったばかりの武器がごろごろ。
先刻までの成功率は三回のうち一回成功すれば御の字、二回に一回出来れば万々歳だったはず。
それが今、マインゴーシュやメイスから始まってチェイン、ダマスカス、ツーハンドソード、ソードメイス、フランベルジュ……種類もサイズもさまざまな真彩ブランドの武器たちが目の前に並んでいる。
しかも全て属性石や星のかけらが入っている実用品だ。
「……あれ?」
「『……あれ?』じゃない。……おい、大丈夫か?」
「なにが?」
「いや、あれだけ製造を続けたんだから疲れただろう?」
「あ……そっか」
そう言いつつ、真彩の顔には疲れではなく困惑の色が浮かぶ。
疲れていないのか。
そんな俺達の周囲を不思議そうな顔をしたソヒーがふよふよと漂う。
……まさかな?
「……おまえの仕業だったりしてな?」
そう言って、その頭に軽く右手を置く。
ソヒーはくすぐったそうに微笑みながら小さく首を傾げていた。
そして……。
カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
カーン……カーン……カーン……
カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
カーン……カーン……カーン……
カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
カーン……カーン……カーン……
カーン……カーン……
カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……カーン……
カーン……。
それからしばらく槌の音は休むことなく響き……。
俺達はその壮絶な光景に憑かれたように目を奪われ続けた。
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