陽だまりの夢。


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「お〜い、どこにいる〜?」
「ゼノくんっ!?」
とりあえず数秒、生きていることの喜びに浸った後に、おれはPTチャットで真彩へと声を投げかける。
ちなみに今回の天津観光では、互いのレベルの観点から『俺と真彩』『トラジとジル』という編成でパーティが組んである。
だから、今この声を聞いているのは真彩だけ。
まあ、真彩の傍らにはトラジも一緒にいるはずなので、そちら経由でジルの安否も窺える。
「ソヒーのおかげで命拾いした」
「え?」
「……ああ、あとお前の力もだ」
ソヒーの機転と『超強いグラディウス』。
更に、真彩がそれをソヒーに与えていなければ、未来は違っていたはずだ。
今俺がここにこうしていられるのは、間違いなくこの二人のおかげだろう。
「お前ら二人、ホント最高」
「え、あの、状況がつかめないんだけど……ゼノくん、無事?」
「ああ。……あ、いや、俺は平気だけどソヒーが怪我したかもしれない」
「え?」
「かすり傷程度だとは思うんだが、とりあえず今は卵に戻してある」
「……じゃ、ジルちゃんに合流してヒールをかけて貰う?」
「ソヒーはヒール効いたっけか……?」
「確かちゃんと回復魔法として効いたと思う……」
そうか、と俺は頷いて、自分の居場所を伝える。
それを真彩がトラジに伝え、トラジがジルと連絡を取り、ジルが俺を迎えに来るわけだ。
聞けば、ジルも無事とのことなのだが……二人とは違う場所にポタで移動したとのこと。
……どうせなら最初から同じ場所を選んでポタを開けばいいのに。
とりあえず、俺は頭の中のメモ帳に『ジルはパニック状況にすこぶる弱い』と書き込んでおいた。
「じゃ、頼んだ」
とりあえず俺は真彩に用件を伝え、ジルの迎えをゆっくりと待つことにする。
すると、そんな『待ちモード』の俺の耳に、真彩の声が届いた。
ちょっと……怒っている。
「……ゼノくん、何であんな無茶しようとしたの」
「お前や、トラジやジルじゃ出来ない役目だろ? だから、ああ動いた」
俺は即答する。
……怒っている理由はわかっているし、俺が真彩の立場だってそうしただろう。
それでも、ここだけは譲れない。
「それでゼノくんが死んじゃってたら、私はどうすればよかったのよ!」
真彩が叫ぶ。
いくらPTチャットだからと言って、隣にいるトラジにはその様子は筒抜けだろう。
いや、もし街中だったら結構恥かしいだろうな……等と余計な心配までしてしまう。
もし俺が死んじゃってたら……か。
「もし俺が死んでたら……悪いけどそのときはみっともなく泣いてくれ」
「……え?」
予想と違う答えだったか?
「悪いけど、俺は逆にお前が死んだらって考えたら……みっともなく泣くか、喚くか、駄々をこねるかしか想像出来ない」
「…………」
「……出来ないか?」
「……何よ……ずるいじゃない、その答え……」
『簡単過ぎるじゃない』という悔しそうな呟きが、直接ではなく俺の鼓膜を振るわせる。
「……なあ、真彩。まだ結婚式はできないんだけどさ」
他人に聞こえない今なら……と、俺は恥かしい提案を持ちかける。
「誓いの言葉だけ、交わしておこうか?」
……戦闘後の、妙なテンションを引きずっているせいだろうか。いつもよりも積極的な俺がいた。
「……汝、真彩はゼノンを夫とし、
 病めるときも健やかなるときも、富めるときも貧しいときも、
 死が二人を分かつまで……、これを愛し続けると誓いますか?」
俺は出来る限り誠実な声で、真彩に向かって問いかける。
「誓えません」
しかし、冷たい即答。
「お〜い、真彩さーん……?」
俺は情けない声で抗議する……が、真彩は俺の声など無視をして続ける。
「……私こと真彩はゼノンを夫とするならば、病めるときも健やかなるときも、富めるときも貧しいときも……。
 生ける時も死せる後も、この身を業火に焼かれようとこの身を氷結地獄に落とされようと、例え死が二人を分かとうと、
 ゼノンだけを……永遠に愛し続けます。
 神が反対しようが、悪魔が笑おうが、私はこの身の滅びるまで、この想いの滅びるまで、ゼノンを愛し続けると誓います」
一気に宣言された。
……しばしの沈黙。
しかし、そこにある『もの』に、俺は真摯さを感じても重さは感じない。
俺は、ゆっくりと口を開き、沈黙を破る。
「……私ことゼノンは真彩を妻とするならば、病めるときも健やかなるときも、富めるときも貧しいときも……。
 生ける時も死せる後も、この身を業火に焼かれようとこの身を氷結地獄に落とされようと、例え死が二人を分かとうと、
 真彩だけを永遠に愛し続けます。
 神が反対しようが、悪魔が笑おうが、私はこの身の滅びるまで、この想いの滅びるまで、真彩を愛し続けると誓います」
沈黙。
……再び俺が沈黙を破る。
「しまった……誓いのキスが出来ない」
「……馬鹿」
帰って来た声は、濡れていた。
いつか見た、涙と鼻水と涎でべちゃべちゃの真彩の顔を思い出し、俺は小さく笑った。


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