陽だまりの夢。
13
確かに『そいつ』は困惑の表情を浮かべるそのPTの様子を見下して、嘲笑った。
そして、ゆっくりとなぎ払った。
まず倒れたのはウィザードだった。
攻撃を当てられなくなったナイトとハンターは何の足止めにもならず。
それからじわりじわりとナイトのHPが削られる。
急にヒールが効かなくなったため白ポーションをガブ飲みしているようだが、確実にダメージが蓄積する。
その後ろでプリーストが必死になってキュアやリカバリーでその状態異常を治そうとするが……無駄なようだった。
俺達の目の前で、パーティが崩壊していく……。
ヤバイ……これは、危険だ。
「……ジル、ポタだ! どこでもいいから……」
とりあえず出せ、と言おうとして俺はちび達の後ろに迫る影に気がついてしまった。
「トラジっ!! 背中側にファイヤーウォールを張れ!!」
俺は大声で少し離れた所に座っているちびの片割れに向かって叫ぶ。
「ぇ?」
目の前の戦闘に、憑かれたように目を奪われていたトラジは、その言葉に反射的に炎の壁を出現させる。
バヂッ!!
そしてその炎の壁に『影』がぶち当たり、大きな音を立てる。
……カブキ忍者。
叫びと共に駈け出していた俺は、ちび二人の横をすり抜けてその影に向かい手に持ったツーハンドアックスを叩きつける。
「ジル!!」
「は、はいっ」
「ポタだ! どこでもいいからとりあえず出せ!」
慌ててスキルを使おうとするジル……だが。
「あわわわわ」
「落ち着いて。まずは立つの」
遅れてやってきた真彩の声に、自分が座りこんでいたことに気付くくらいの慌てよう。
「トラジ、真彩、とりあえずお前らは先にポタに乗れ! ジル、お前は悪いけどその後な」
「う、うん」「はいっ」
即座に帰ってくる幼い声の返事。
少し遅れて真彩の落ち着いた声。
「ゼノくんはどうするの?」
俺は忍者の攻撃を斧で巧みに捌きつつ、
「この忍者をどうにかしないとジルが帰れないだろ! 大丈夫、どうにかして逃げる!」
俺一人なら、このダンジョン自体はそれほどキツい狩り場ではない。
コイツを片付けた後、後ろのドラキュラから身を潜めれば脱出はそれほど難しいことではない。
「行けっ!」
俺の表情に嘘はないと感じたか、真彩はそれ以上追求はしてこなかった。
「じゃ、トラくん行くよ……ジルちゃん、こっちへ」
「う、うん」「はいぃっ」
三人の声を背に聞き、俺は目の前の戦闘へと集中する。
「ラウドボイス!!」
叫びと共に四肢に力が漲る。
「アドレナリンラッシュ!!
オーバートラスト!!
ウェポンパーフェクション!!
マキシマイズパワー!!」
……ブラックスミスの戦闘力を嘗めるなよ。
口には出さずに呟くと、バーサークポーションを一つ取り出し一気に呷った。
口の端からこぼれた少量を、空になった瓶を握った拳で拭う。視線は正面から外さない。
「ワープポータル!!」
ジルの幼い声と共に畳の上に魔法陣が描かれ、転移の扉が開かれた。
「うおぉっ!」
フルスキル状態の俺は、一気に忍者に詰め寄った。
モタモタしてる暇はないので一気呵成に攻め立てる。
相手の動きを先読みし、カウンター気味の一撃を相手の横っ腹に叩きこむ。
着込んだ鎖帷子に刃を防がれたが、『グフッ』と詰まったような息がカブキ忍者の口から漏れた。
……効いている。
そのまま続けて力任せに分厚い凶器を叩きこみ続ける。
相手もこちらへ何とか一撃をいれようとするのだが、俺はそれらを或いは斧で弾き、或いは敢えて急所を外して受けた。
少々のダメージは気にしない。
……いける。
更に追撃。追い込まれた忍者はなす術もなく俺の攻撃を食らい続け、そして破裂した。
……破裂? いや、煙幕!?
ハッと、俺は視線を三人のいる方へ向けた。
……いるっ!!
黒い影が、その中の一人に向かってまっすぐと向かっている。
「ジル、逃げろっ!」
俺は、ポタを出して二人を待っているジルに向かい叫ぶ。
そしてそのまま走り出そうとして、
「!!」
と慌てて身をかわす。
銃奇兵の横沸きだ。よりによってこんな時に。
先刻の俺の声に気がついたジルは、次いで目の前に迫る黒い影にも気がつく。
そのまま真っ青な顔で『ぺたん』と腰を落としてしまう……って、おいっ!
俺は咄嗟にそちらへと走り出そうとするが、銃の攻撃を受けるたびに足が勝手に止まってしまう。
くそっ、間に合わない……くそっくそっ! 間に合えっ!
そしてその影がついにジルに襲いかかる。
『メマーナイト!!』
しかし、寸での所で黒い影に炸裂する強烈な一撃。
黒い影はそれを受け、ターゲットを攻撃の主に変更する。
一撃を放ったのは俺……ではない。
「真彩、逃げろ!」
俺は叫ぶ。
そう、その一撃を放ったのは真彩だ。
ジルを守るため、苦手なはずの戦闘に手を出したのだ。
「真彩っ!!」
俺の必死な叫びに、真彩は淡々とした表情で答える。
「私だって少しなら戦える……ゼノちゃんも私を信じなさい?」
そう言って笑うと、中に鉄とリンゴジュースと製造道具一式が詰まったカートを忍者へと叩きつける。
「私は……いつだってゼノくんを信じてるんだから」
その言葉を受け、即座に俺はトラジとジルに声をかける。
足は、止めない。
「トラジ、あの銃奇兵は任せた! ジル、真彩へヒールを欠かすな!」
そして俺は、必死にそのまま足を進める。
何発か銃弾を受けたが、そんなモノは気付かないことにする。
あの言葉は……笑顔は、反則だ。
あまりにも無防備で、あまりにも真っ直ぐな。
(信じられてるんなら……答えなきゃ嘘だろ!)
なんとしても、間に合……わせるっ!
こんな銃弾、痛くないっ!
歩みを進め、ようやく俺は俺に背を向ける真っ黒な影へと到達する。
「……よう、待ったか?」
俺は『邪魔な背中』越しに真彩へと声をかける。
無造作に、目の前の影に斧を叩きつけつつ。
今度こそ、その一撃で巨体は沈む。
そしてその向こうに現われたのは、あらわな手足にいくつもの傷を受けた想い人の姿。
「ううん……ちっとも」
頬にもすり傷をつけて、ホントになんでもない事のように答える。
「いい男だね、ゼノくん」
本気か冗談かわからない調子で笑いかけ、自作のソードメイスを腰に下げる。
いい女だな、と素直に思った。
俺は彼女に触れようと、ゆっくりと手を伸ばし。
……ふと、気がつく。
辺りがやけに静かになっている事に。
そして思い出す。
俺達の『隣』の戦場の事を。
嫌な予感に促されるまま俺は首を巡らし、俺が目にしたのは、全滅したあのパーティーの姿。
まだ全員息はあるようで、それについては胸を撫で下ろしたのだが……。
「ドラキュラは……どこへ行った?」
俺はポツリと、当然の疑問を口にした。
まるで。
……そう、まるで、俺のその言葉に引き寄せられるように。
ばさばさばさばさばささばささ……
唐突に出現する無数のファミリア……その名の通り、こいつらは『使い魔』だ。
当然、その後に登場するのは……御主人様、と言うわけだ。
ヤツはまだ……ここにいる。
「すまん……作戦変更だ。ジル」
俺はこの中で唯一の脱出手段を持ったちびっ子に声をかける。
「トラジと真彩を送ったら、俺のすぐ傍にポタ出して……ここから離れてくれ」
どうも、俺もポタに乗らなければいけなくなってしまったようだ。
だが、ポタに乗る寸前までは俺がなんとしてもドラキュラの注意を引き続ける。
その間に、ポタを出したジル自身も移動して隣の部屋まで行く事が出来ていれば、ドラキュラは俺たち全員を見失い……逃げ切れるはずだ。
注意しなければならないのは隣の部屋に銃奇兵がいた場合だが、ニューマを持ったジルなら例え囲まれても問題はない。
問題があるとすれば、それは……。
「……ははっ、俺生き残れるかな……っと!」
突き離すように真彩をジルの方に押しやると、俺はコウモリの群れにカートを叩きつけた。
本体様には攻撃をかわされても、意識をこちらに向けるには充分な効果があるはずだ。
聞き慣れた女の声が、何か叫んでいる。
……聞こえない事にした。絶対に、振り返らない。
・
・
・
・
……と、恰好つけてはみたものの。
俺は、早々に戦闘を続行する事を諦めていた。
何しろ、こちらの攻撃がまったく当たらないのに、向こうの攻撃はチクチクとこっちの体力を奪っていく。
なんとか急所を外し時間を稼ぐが、正直そんなに長くもつとは自分でも思えない。
「ゼノさん、OKです!」
「おう!」
……来た。ようやく待っていたジルの合図だ。
「ワープポータル!!」
俺の背後に転移の扉が開かれ、ジルはそのままフスマの向こうへと姿を隠す。
よしっ
……って、思っていたよりもちょっと遠い。
「〜〜〜〜〜っ!」
……なんとかなる。なんとかしようっ!
こんなヤツとはさっさとオサラバだ。
俺は大きく斧を振り回しドラキュラを牽制すると、勢いよく転進しポタに飛び込もうとした。
……が、再び現われた無数のコウモリ達が、目の前を飛び回る。
「……くそっ、邪魔だ! カートレボリューション!!」
俺は必死に『障害物』を片付けてポタを目指す。
扉が開いている時間にだって限りがある。早く飛び込まないと……。
「ゼノさん早くっ、ポタが消えちゃ……後ろ、後ろーっ!」
ジルの声に、突然焦りの声が混じる。
見なくてもわかる。ドラキュラが迫って来ているに違いない。
しかし、ポタはもう目の前だ。
俺は振り向かず進もうとして……突然、体が重くなるのを感じた
(……速度減少かよっ!)
ヤバイ、追いつかれる……と覚悟したときだった。
急にドラキュラは意識を俺から離した。
誰かが攻撃を食らわせ、ドラキュラの意識を引き付けてくれたのだ。
その姿を確認し、俺は一瞬、頭の中が真っ白になった。
……助けは、思ってもみないところにいたのだ。
『星のかけら』が入った武器は、絶対に攻撃を外さない。
そこには……ソヒーが、いた。
『超強いグラディウス』を胸に抱え、ふよふよとドラキュラを惑わせるように辺りを飛び回る。
どうやら、あのグラディウスでドラキュラに斬り付けたようだ。
……ドラキュラの注意を引くには充分過ぎる牽制。
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◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(おのれ! おのれー!)
私は激昂した。
弱者をいたぶるように狩ると言う私の楽しみを邪魔されたことが腹立たしい。
それを為したのが、本来なら我が眷属の、しかもかなり低位に属する者が行った事が更に腹立たしい。
私は、先刻までの『獲物』の事など忘れ、目の前を漂う『ソヒー』と呼ばれるムシケラを追いかける。
しかし、小賢しいことに、ソヒーはふわふわと目障りな動きで逃げ続け、常に私の攻撃の届かない位置を飛び回る。
私の中に、もはや怒りとも言えるような感情が膨れ上がっていく。
……が、しかし私は冷静さは忘れない。
ファミリアどもを操り、ソヒーの退路を閉じる。
『獲物』の姿に動揺が走る……いいザマだ。
私はその背に向かって、爪を振り下ろした。
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ドラキュラは何をどうぶちキレたのか、執拗にソヒーを追いかけ続けた。
新たに現われた十人ほどの『討伐部隊PT』 がその背に攻撃を仕掛けているというのに、それを無視して少女の姿を追い続ける。
その攻撃をソヒーはふわりふわりと巧みにかわしていたが、ついに追い詰められる。
「……でかしたッ!」
しかし俺だって、この間をただ黙ってその追い掛けっこの観戦に費やしていたわけではない。
やるべきことを、やっていた。
具体的に言えば『数歩足を進めていた』。
ポタの傍に転がり込んだ俺は、その場でソヒーを『卵に戻す』。
間一髪、ドラキュラの爪がソヒーの体を捕らえる寸前で、ソヒーはその姿を巨体の前から『消す』。
爪は、何も無くなった空間を薙ぎ、通り過ぎる。
……いや、わずかに赤い線が見える……攻撃が当たったのか。
少しそれが気になったが、俺は手の中に現われた卵をしっかりと抱きしめ、同時に目の前の扉に飛び込んだ。
次の瞬間……目の前の風景が一変した。
………………。
俺の周りを吹き抜ける、さわやかな風。
閉じられたダンジョンの中ではそれは感じることが出来なかったものだ。
脱出……成功。
俺は手の中の卵に軽くキスをすると、地面に大の字に転がった。
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