陽だまりの夢。
12
力を得た『私』は、最初の仕事を片付けた後、しばし辺りを散策する。
(さて、何を為すべきか……)
考えながら、ゆっくりと自分がいる『世界』を見渡す。
(ここは、違うようだ)
と、自分でもわからない思いを抱いていると、視界に動く影を見つける。
静かだった『私』の周りに、途端に雑音が響きはじめる。
……まあ、良い。時間はある。
まずは最初に片付けた『仕事』に近いものから始めよう。
私は、私を『召喚』したモノと似た姿を持ったそれらの影に向かってゆっくりと近づく。
近づきながら、私は、私の中の闇の一部を眷属の姿へと変え、それらニンゲン達へとけしかける。
蝙蝠の姿を得た複数の私の闇は、嬉々として奴らに群がり、その肌に牙を突き立てて行く。
私の姿を見たニンゲン達の悲鳴のなんと耳障りで愉快なことか。
その中の一匹……やつらの中でも一際大きな叫び声をあげているニンゲンの目の前に、私は立つ。
そいつは叫ぶのをやめ、手に持った鞭で私に攻撃を仕掛けてくるが私は無視してそいつを捕まえる。
(……ふむ)
捕まえた人間を見ていると、私の中にある欲求が湧き上がって来る。
その、私の中の本能の声に従って、私はそいつの首筋に牙を立て、血を啜る。
……クク。
……クククククク……ッ。
(悪く、ない)
この、相手の肌に直接牙を立てて血を啜ると言う一種ケダモノのような行為は、いかにも粗野で野蛮。
しかしそれが、妙に昂ぶる何かを私の中に生み出す。
クク……ククククク……ッ。
抵抗する力を失った腕の中の人間を適当に放り、次の『獲物』を探す。
私の名はドラキュラ。
闇より生まれ出でし貴族だ。
公爵たる私は、『餌』達に向かって嘲りを込めた優雅な一礼を贈り、笑いかけた。
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「ニューマ!!」
「ファイヤーボルト!!」
連携の取れた『ように見える』ちび達の攻撃が銃奇兵に炸裂する。
「……よし、ようやく形になってきたっぽいな」
俺はやれやれ、と肩を撫で下ろす。
長かった……ここまで。
数刻前、やたらと高いテンションのちび達に、俺はここでの狩りのコツを叩きこんだ。
ここはちび達では少々レベルが高いダンジョンになるのだが、アコライトスキル『ニューマ』の存在の有無でそれが一気に解消される。
『ニューマ』は、指定した範囲区内を遠距離攻撃一定時間無効にすると言う防御スキルである。
主だったアクティブ(向こうから遅いかかって来るタイプ)の敵が遠距離攻撃である『銃奇兵』しかいないここでは、それだけに的を絞って行けば低レベルの冒険者達でもかなり有利に戦うことが出来る。
奇跡的にそのスキルを取得していたジルに「何が無くてもまずニューマを張れ」と叩きこみ、トラジには確実にその範囲内に飛び込むように何度も指導。
指定時間内で詠唱しきれるレベルの火属性魔法をタイミングよく使うんだ、と繰り返す事……どれくらいやったかな。
その甲斐あって、目の前では次から次へと敵を片付けるちびっ子達の成長した姿がある。
「ご苦労様、ゼノくん」
「……(ふわふわ)」
「いやいや、これからが本番だろ?」
確かに少々疲れはしたが、ここでへばってしまうわけには行かない。
ようやく手がかかりそうなちび達が、手を離れたのだ。
「……ほい」
空いた手で、今度は女性の手を引いて進みたいのが男の性だと思う。
「……ん」
俺の手の中に、女にしては少しだけ皮膚の硬い手がすっぽりと収まる。
日に何度も槌を振るう、真彩の手。
文字通り真彩のその手を引いて、先行するちび達の背をゆっくりと追う。
後ろからふわふわとついて来るソヒーの先刻の謀略によって、少々の気恥かしさなら耐性がついた気がする。
開き直ったと言ってもいいかもしれない。
……この調子で行けば、バカップルと呼ばれるようになる日も、もしかしたら遠くないのかも知れない……。
そんな事を考えながら進んでいると、ふと会話が無い事に気がつく。
何か話そうとして口を開きかけるが……ん、何を話せばいいんだろう?
いや、話の種になるようなネタはいくつも持っているはずなのだが、果たしてそれは今話すようなものか?
何か今、この場で話すに相応しいネタがあるんじゃないのか……?
そんな事を考えていると、また沈黙の時間が続いてしまう。
……やばい。
なんか妙に空白の時間があったせいで、今更くだらない話をするのもおかしな気がして来た。
……考えろ、考えろ俺。
今何かこの場に相応しい話題、話題……いや、もう何も考えないで適当に口を開いた方がいいのかっ!?
なんて自分の中の考えに夢中になっていたせいで、真彩の「……あいたっ!?」と言う声に反応が少し遅れた。
一瞬の間をおいてしまってからそちらへ顔を向けると……。
『キシャー』
後頭部の顔を剥き出した雅人形が、真彩に纏わりついていた。
「ごめ、ちょっ、ぶつかっちゃって……あたっ!?」
俺は慌てて繋いだ手を引っ張り、真彩を自分の背にかくまい……、
「……悪い、ちょっと手、離す」
「あ……うん」
お互い名残惜しいものを感じながら手を離す。
しかし俺は、頭を切り替えて斧を取り出すと、目の前に迫った人形へと真っ直ぐに振り下ろす。
最初の一撃で、雅人形は何かが狂ったかのように不思議な動きを見せて立ち止まる。
スタンをしているのだ。
その間に俺はアドレナリンラッシュのみを発動し、真彩に人形の手が届く前に撃破した。
バラバラと破片が散乱し、つややかな髪や古い着物などがパサリと畳の上に落ちる。
その破片の中に、俺はふと違和感を覚え手を伸ばす。
あれは……。
と、それを拾う俺の背に聞きなれた声がかかる。
「まだ、その斧使ってくれてるんだ」
「ん? ああ。そりゃ、せっかく『誰かさん』が初めて作ってくれた『俺のための武器』だもんな」
俺は手の中の斧を見せびらかすように真彩に示す。
+7ダブルキンツーハンドアックス。
俺が真彩に貰った『転職祝い』だ。
最初の斧こそ買ったものだが、過剰精錬をしたのも、スケルトンカードを集めたのも真彩自身。
まだBSに転職する前、マーチャントの時の真彩がこれを作るのにどれだけ苦労をしただろう?
そう考えると、もったいなさ過ぎて手放す気になれない……本人にはそこまでは言えないが。
斧を貰った日。
俺はこの武器をどうしても試したくて、ミョルニール山脈へと向かった。
そして、アルギオペやアルゴスを狩りまくった。
……何かレアでも出たら、迷わずそれを真彩の転職祝いにしよう。
そう思ったのだが、その日に限って収集品以外ロクなものを手に入れることが出来なかった。
唯一、戯れに叩いたフローラが落とした『装飾用ひまわり』を除いて。
さすがにこれでは斧とつりあわないと思ったのだが……何故か、事の他喜ばれ現在に至る。
『私、BSになったら『ひまわり』のマークを私の印として入れるね』とまで言われ、女ってわからないと本気で悩んだものだ。
余談だが、『さすがにあの花だけでは』と思った俺は、自分で一から材料を集めて作った『+10クワドロプルラッキナイフ』を贈った。
真彩の装飾品に関するセンスがわからなくなっていた為の苦渋の選択だったのは言うまでもない。
『色気がないね』と言われたが、当時の俺には真彩が何に色気を感じるのかさっぱりだったのだ。
……ちなみに、俺は今でも真彩の嗜好を把握しきれて、いない。
「……だってあの時……」
「だろ? なのにお前は……」
「え〜? それはゼノくんが……」
俺と真彩は、気がつけばそんな思い出話に花を咲かせていた。
先ほどまでの気まずい沈黙が嘘のように、言葉が後から後から自然に出てくる。
何だ、こんなに簡単な事じゃないか……と笑いながら確認する。
迷ったら、迷っている事をお互いが話せばいい。
変に気取る必要は俺達には無い。
俺達は、不恰好でも真っ直ぐな想いをお互いに伝え合うことが一番『らしい』のだ。
そう、何処かの花のような付き合いこそ、俺達の……いや、ちょっと気持ち悪い事言ってるぞ、俺。
そんな俺達の横を、ふいに6人ほどの集団が駆け抜けた。
完全武装で疾走するその物々しさに、つい彼らに声をかけてしまう。
最後尾を息を切らせて走っていたアルケミストが、それに答えてくれた。
曰く、枝テロによってこの先に見た事のないBOSSモンスターが出現した。
「……マズいな」
俺は小さく唸る。
この空間は、何かに力が働いていくつか他のダンジョンとは違う制限がついている。
テレポートや『ハエの羽』等、転移系スキルが使えないのもその一つだ。
つまり、何かの拍子で出会ってしまった場合……それらを使って退避する事が出来ない。
「ゼノくん、行くよ」
再び繋がれた手が、引かれる。
顔を上げると、真彩が真っ直ぐな瞳でこちらを見ている。
照れたような表情とか怯えたような表情ではない。
……まあ、それしかないな。
その瞳に一つ頷いて、視線を集団が駆け抜けた方向へと向ける。
そこには既に人影はない。
完全武装の集団も……嬉々としてはしゃいでいるちび達の姿も。
俺と真彩とソヒーは道を急ぐ。
通り過ぎる人々の中に求める姿はない。
俺達の中に、ちょっと嫌な想像がよぎる。
「あの子達、好奇心、旺盛だから……」
早足に軽く息を切らせながら真彩が呟く。
……自分から首を突っ込んで無ければいいんだが。
自分の中の嫌なスイッチが入るのを感じる。
『あの日』の映像が脳内に流れはじめる。
『あの日』……全ての焼ける匂いと共に、俺は故郷を失った。
(やめろ)
止まれ、止まれと念じるほどに影像はより鮮明にリアルになっていく。
俺が冒険者になった日に起こった惨事。
商人ギルドに加入し、カートを引く事を許された姿を見せようと家路を急いだ俺の目に映る『人災』の姿。
荒れ狂う光。
なぎ倒される家や樹木。
溢れるモンスターの大群。
そびえ立つバフォメットの姿。
俺は立ち突くし、近くにいた雑魚モンスターになぎ払われてあっさりと気を失った。
そして、目を覚ましたときには全てが『終わっていた』。
焼け落ちて元の形がわからなくなった建物。
生々しい『肉』の焦げる匂い。
熱に揺らめく空気に飽和するまで詰まっているように感じる、人々の怨嗟の声。
冒険者ですらない家族や友人達は、ひとたまりも無かったのだろう。なぜならその日から俺は、そいつらと再会を果たした覚えがない……。
数日間、俺はその空気の匂いが忘れることが出来ず、苦肉の策として煙草を吸うようになった。
紫煙を肺に入れる事への嫌悪感や嘔吐感で、俺は黒煙の臭いから逃げた。
真彩に出会った頃にも、それは続いていた。
そして、もしも出会っていなかったら……今も続いていたはずだ。
いくつ『フスマ』と呼ばれる扉を通り抜けたのか。
繰り返される同じような部屋に、自分の中の感覚が狂っていく。
永遠に続くかのような迷路の先に、それは繰り広げられていた。
目の眩むような、戦場……。
「アスペルシオ!!」
「ピアース!!」
「ストームガスト!!」
「ポーションピッチャー!!」
「ダブルストレイフィング!!」
「ヒール!!」
戦闘が始まっていた。
ウィザードの大魔法の向こうで巨大な人影が暴れている。
大量のコウモリを従えるその姿は、物語に出てくる黒き吸血鬼そのもの。
……『ドラキュラ』だ。名前のみ知られている、誰もどこを狩り場にしてるのかを知らないBOSSモンスター。
「……あの子達は?」
しかし、俺と真彩はそんな光景には目もくれず、ちび達の姿を探す。
「……」
くいっ、と袖を引かれる。
そちらを振り向くと、ソヒーがある一点を指し示している。
「……いた」
白い指の先には、戦闘から少し距離をおいたところでまじまじと観戦をする一次職二人の姿があった。
「真彩」
俺は繋いだ手の持ち主に声をかけると、喧騒に巻き込まれないようにそこへ向かった。
近づくと、あちらも俺達に気がついたようで、盛んに手を振ってくる。
「……のん気な奴ら」
「無事で、よかったよ」
「……(こくり)」
ほっとして俺達は笑いあう。
と、突然後ろから歓声が上がる。
「よし、もうちょいだ」「いけいけ!」等声が聞こえる。どうやら向こうも終盤に差し掛かったようだ。
ほっと胸を撫で下ろし、その様子を眺めようと視線をそちらに向けた俺は、違和感を覚えた。
……もう少し? あの表情が?
俺の目には、ストームガストの吹雪の中で嘲るように見下ろす『そいつ』の表情に、焦燥や敗北感のようなものが見られないように思えた。
あれはまだ、何処かに余裕があるヤツの目だ……。
その直感を裏付けるように、次第に困惑の声が上がってくる。
「……くそっ、攻撃が当たらなく……?」
「まって……待ってよ、私これでもDEXカンストしてるのよ?」
「『ヒール!!』『ヒール!!』……『サンクチュアリ!!』
おい、何でお前のそのキズ治らないんだよっ」
「……なぁ……気付かないふりしてたんだけどさ……魔法、あんまり効いてないような気がしないか?」
そのとき、俺は確かに見た。
ドラキュラが、困惑の声を上げるパーティに向かい、嘲笑いかけた事を。
禍々しいその半月のような笑みを、俺は確かに見た。
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