陽だまりの夢。


11 

「スシー!」
「ゲイシャー!」
天津に上陸後、明らかに間違った第一声を上げるお馴染みちびっ子二人組。
しかし、俺は知っている。その間違った『天津観』を二人に教え込んだ真犯人が真彩であると言うことを。
他の観光客がくすくす笑いながら通り過ぎる横でフジヤーマとかテンプーラとか楽しそうに叫びあっているちび達の姿に、思わず俺は哀れみを込めた瞳で涙する。
「不憫な……」
「これも後になれば、きっといい思い出よ」
にこにこと温かい視線で彼らを見守る確信犯の優しそうな微笑に内心薄ら寒いものを感じつつ、俺は『スキヤキーッ!!』とか『シャッチョさんーっ!!』とかまだ叫んでいる人達から少し距離を置く。
「…………」
そんな俺達……と言うか、明らかに俺をソヒーが不思議そうに眺めてくる。
今回は俺が『飼い主』役になっているため、コイツも自然と俺達側に立つ事になる。
「…………(じ〜)」
……ああ、一向に視線が外れてくれない。
『止めてあげないの?』って言外に尋ねられている気がする。
少々後ろめたいものがあるため、ソヒーに向かってつい言い訳っぽい事を言ってしまう。
「……いや、ちょっと楽しいし」
無垢な少年少女を騙して遊ぶのは、なんだかんだで……ちょっと楽しい。
……涼しい顔で笑っている真彩のポジションが、実はかなりうらやましい。

少し歩くと、小高い丘……と言うか、小さめの山が見えた。
桜が美しく咲き乱れ、以下にも天津!! と言った雰囲気だ。
ちょっとした休憩所にはぴったりかもしれない……が。
「ちび達にはちょっと目の毒か?」
「カップルばっかりだね」
「……(こくり)」
辺りを見渡すと、そこかしこに見える男女ペアの姿。
あそこに自分達も同じように座ったと想像すると……。
「……むしろカップル達に気の毒か」
「……空気読んでくれないしね」
先刻のやり取りを思い出し、二人でちょっと苦いため息をつく。
「…………(哀れみの瞳)」
いや、そこのキミにも一回邪魔された気がするんだがね……まあいいけど。
俺達はそっと桜の小山に背をむけた。
愛を語らう恋人達のため、後ろで餅を食べているちび達に気付かれないように、そっと。

「カッパ!」
「カラカーサ!」
「「ヨーカイ大戦争ー!」」
鳥居をくぐるとそこは薄暗い世界だった。
まるで夜のような闇の中では、咲き誇る桜すら何処か妖しげな佇まいを見せる。
……まあ、ちびっ子達のテンションのせいで、雰囲気に浸りきる事はちょっと難しいのだが。
「…………」
「……どうした真彩?」
「は、はいぃっ!?」
この空間に入ったときから妙に静かな真彩を心配して声をかけたのだが、帰って来たのは悲鳴のような返事だった。
見れば、明らかに青い顔色に冷や汗がきらきらと……。
「……オバケが怖い、とかそんなお約束を言う気ですかお姉さん?」
「え……う……そ、その……彼氏さんに守ってもらいたいな〜……とか、甘えちゃダメでしょうか……?」
先読みしてからかうような声をかけたのだが、帰って来たのは否定の入ってないお願いだった。
にこにこと微笑みながら言っているのだが、真っ青な顔そのままなので何処か鬼気迫る感じがする。
「…………」
俺の視線は、ゆっくりと真彩の後ろに回りこむソヒーの姿を捕らえる。
そしてソヒーは『とんとん』と真彩の肩を……。
「……ちょっと洒落にならないような気がするから、止めとけ」
「ひゃっ」
くいっと片手で真彩の肩を抱き寄せ、ソヒーの企みを阻む。
軽く俺の肩に頭が触れるように抱え込み、周りが見えないようにしてやる。
「本気で怖がってるっぽいから、相手をもうちょっと選……なんだその顔」
冗談が過ぎると思い、ソヒーを軽く叱ろうと思ったのだが、その顔には反省の色がなく……妙に嬉しそうに見えた。
「……ラブラブだ」
「……は?」
「ラブラブですね」
「えっと……?」
いつの間にかちびっ子達が左右から俺を挟むように立っていた。
観察するように『じー』と真っ直ぐな視線が俺を……いや、俺『達』を……?
「あの、ゼノくん……ちょっと、その」
真彩の声が、やけに近い。そりゃそうだ、だってコイツは今……。
「…………。」
「…………(じー)」
「…………(じー)」
「…………(じー)」
「……ゼノくん? えと、ちょっと頭が動かせないんだけど……おーい、ゼノくん……?」
はからずも、片手で真彩を抱くような体勢の俺を三対の瞳が三方から凝視する。
弱い力でもがく真彩の頭を放すことも出来ずに固まる俺を、視線は容赦なく貫く。
……もしかして、俺……謀られた?
恐ろしい者を見るように、俺は今『飼い主』になっている『ペット』の少女を見た。
「……(じー)」
何故か、妙に嬉しそうな顔に、見えた。

まあ、そんなこんながありまして。

「タタミー!」
「和のココロー!」
「いや、もう何でもかんでも叫ぶなちびっ子どもっ!」
「あ、あははは……」
叫ぶちびっ子、つっこむ俺、乾いた笑い声をあげる真彩。
俺達は、城の天守閣から『畳の回廊』と呼ばれるダンジョンへとやってきていた。
……ここまでネタをちびっ子達が引っ張り続けるとは思っていなかったのか、真彩の笑いにいつもの余裕が見られない。
「それにしても広いね……見渡す限り畳の部屋?」
「あぁそっちの二人、見晴らしはいいけど所々見えない壁があるから気をつけろよ」
「「はーい」」
ごーん。
言っている傍から『壁』に突っ込むちび二人。
「……見事なまでに『お約束』を守りやがる」
「……可愛い」
……はいはい。おバカな子は可愛いですね、真彩さん。
俺はもう少し、真彩の目を盗んでちび二人の面倒を見てやろうと思った。
コイツの趣味に染まったまま成長したら、あまりにも不憫だ。
……なんだか、俺がいうのも変な話だとは思うが。



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