陽だまりの夢。
2
6月27日。
『ラグナロク』という言葉を聞いた事はあるか?
ああ、『神々の黄昏』って言うのを知ってるのか。
それは昔、どっかの偉いバード様が古代の英雄を謳った時に使った言葉らしい。
本来の意味は『神々の運命』とかって言う話だ。
まあ、楽曲の方が有名になって、本来の意味が置いて行かれた感じになってるんだろうな。
それもまた、運命……と言う事なんだろう。
でも、こんな話を知ってるか?
そもそも、そのお偉いバード様……実は単語を間違ってたっていう言う話。
ホントは『ラグナレク』って言う『神々の滅亡』の意味の単語を使って謳うはずだったのを、一文字間違えて『ラグナロク』にしちまったって言う、マヌケ話。
いや、別に俺は研究家でもなんでもないからホントの事なんか知るハズがない。
これだって、以前どっかで聞いた話の受け売りだ。
でも、確かにそれだったら納得できると思わないか?
もう神様はいない。
滅亡しちゃいましたとさ、ちゃんちゃん。
だから俺には、神の祝福も届かないわけで。
こうして、詐欺にも会う。
そして全財産をあっさりと失って、路頭に迷うはめに……。
今どきミルク詐欺に引っかかるなんて俺ってbhntn……(以下解読不能
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ふいに、聞きなれた声が耳に飛び込んだ。
「なに読んでるの?」
「ぅおうっ!?」
次いで背中に感じる声の主の体温。
意識を手の中の書物に集中していた俺は、突然の外部からの刺激にびくりと体を振るわせた。
「うわ、ビックリした」
声の主は、言葉の内容とは裏腹に落ち着いている。
「……こっちの台詞を取るな」
俺は驚いて半分腰を浮かせた体勢のまま、言葉を返す。
しかし、俺の抗議などどこ吹く風。
「や、ゼノくん。ご機嫌いかが?」
しれっとした顔で軽く挨拶をしてくる。
「……よぉ真彩サン。貴女のおかげで俺は少々パニック気味ですが何か?」
少なくとも、俺の平穏は去った。
コイツの名は真彩。
俺がこの場所で一人過ごしていると現われる新種のモンスター……ではなく、友人の製造BSだ。
「……綺麗なお姉さんが好きなせいですか?」
「……興味がないとは言わないが、それとアナタとの関連性がまったく理解出来ませんな」
本当に関連性がなかったらこんな台詞は吐けないけれど。
……まあ、目の前のコイツはそれなりに見目麗しげな気がしなくもないような気がしないでもないけれど?
「ほほぅ……それは面白い事を言うねぇ?」
「はっはっはっ……そうか?」
プロンテラ近くの平原に、乾いた風が吹き抜けた。
いや、この場合は乾いた空気と言うべきか。
「うふふふふ……」
「はっはっはっ……」
しばらく辺りには、のどかで張り詰めた空気が充満した。
その空気から先に意識を逸らしたのは、真彩の方だった。
ふうっ、と軽くため息をついて冒頭の問いをもう一回。
「……で、何を読んでるの?」
「あ〜……日記だ。子供の頃の、日記」
ほれ、と表紙の『Diary』の文字がよく見えるように示してやる。
「へぇ……日記とかつけてたんだね」
「ああ。小さな頃から賢い賢いと言われてきた神童だったからな」
等と軽く冗談を言いつつ、俺は日記を仕舞おうとする。
これは賭けだった。
俺は一つ、嘘をついている。
これは確かに日記だが、子供の頃の日記では、ない。
至極最近の……そう、目の前の自称『綺麗なお姉さん』と知り合った頃の日記だ。
そして、そこにはコイツとの出会いの事もしっかりと書かれていたりするわけで。
そのときの記憶は……まあ今となっては俺の中でいい思い出として昇華されつつある。
……あるのだが、それでもコイツにだけは……あまり見せたいモノではない。
しかし。
真彩という女は、俺が『見せない』と言うと是が非でも見ようとする天邪鬼な奴である。
いつも『とろん』とした微笑を浮かべているイメージが強い、ぱっと見たら『いいヤツ』といっても差支えがない存在なのだが……どういうわけか、俺の都合の悪いところを突いてくる事が多々ある。
だからこれは賭けだった。
見せたくない物を『見せない』とあからさまに言ったら結果はお察しだ。
……ならばっ! と、いうわけだ。
「さて、折角だから飯でも食うか……?」
等といいつつ、日記をカートの中に隠そうとした俺の手に、そっと触れる……女にしては少しだけ大きめの手。
「ゼノくんの子供の頃の日記……残っていたんだね? (にこにこ」
ぎくっ。
……そうだ。コイツは『あれ』を知っている。
俺の子供時代のものが残っている事に違和感を覚え……?
「あ、ああ。これだけは焼けずに残ってたんだ」
しまった。少し台詞をかんでしまった……。
う……ヤバイ、視線が合わせられなくなっていく……。
「ゼノくん……」
「…………………………なんだ?」
……ヤバイ。
これは、何とかしてごまかさなければ……っ。
「というか、ここに日付が書いてあるよ? ほら」
びし、と日記の表紙の問題の箇所を人差し指で示してくる。
「ってバレバレだったのかよっ!」
ごまかしようがないじゃないかっ!
俺の馬鹿っ! 俺の馬鹿っ!
俺は大地に突っ伏した。つまり『 |||OTZ 』の体勢。
わかり易いくらいに敗北感に打ちのめされた。
そんな俺の手から、真彩は日記を手に取り……。
「ん〜……この日付の頃は……」
第三種接近遭遇記念日ですね〜、とのんびり楽しそうな真彩の声が聞こえた。
第三種接近遭遇記念日。
真彩が名づけた、お互いがお互いと初めて会話をした日のこと。
変な名前の記念日だが、これはこいつなりの優しさなのだろう。
俺はその日、露店詐欺被害に会い、全財産のほとんどを失った。
そこに真彩が通りかかり、なぜか俺に救いの手を差し伸べてくれたのだ。
もし、この『記念日』に別の名前がついたとしたら……。
詐欺引っかかっちゃった記念日とか。
破産記念日とか。
真彩サンノ人助ケ記念日トカ?
……いや、俺もネーミングセンスがないのは諦めてる。
まあ、そんな事件があった事は、日記にもしっかりと書いてあるわけで。
あの頃の俺は、いま読み返すと面白いぐらいにやさぐれていた。
しかしある日を境に一気に『腑抜け』に変わる状況が、御丁寧にも日記に逐一記されていたりして……まあ、その、真彩に弱みを握られる可能性が多分になきにしもあらずな……。
やさぐれていたくせに、妙に筆まめなあの頃の自分が憎い。
俺は『 |||OTZ 』の体勢からおそるおそる首だけを動かして、真彩の反応を窺う……?
しかし。
「…………………………」
真彩は日記を開いていなかった。
体勢的に無理があったので表情までは窺えなかったが、どうやら日記はまだ閉じたまま、表紙だけを見ているようだ。
「……真彩?」
呼びかけながら俺は身を起こす。
ん、と小さく返事をした真彩は、手に持った物を俺の胸の前に差し出してくる。
「やめておくね」
にこにこと、しかし考えがいまいち読みにくい笑顔で日記を手渡してくる真彩に、少し……なんだろう、違和感を感じた。
しかし、とりあえずは僥倖だ。余計な恥を晒さずには済んだようだ。
日記を受け取ると、俺はそれをカートの中に仕舞い込んだ。
「さて、そろそろちびっ子さん達が出現する時間だし、何かご飯を用意しますか♪」
その笑顔のまま『ぱん』と小さく手を合わせると、真彩は自分のカートを漁り出す。
かちゃかちゃと聞こえる小さな音は、おそらくリンゴジュースの瓶が奏でる音色。
「今日もいつものやつか?」
「ん、命の水ですよリンゴジュース♪」
鼻歌交じりでご機嫌だ。
「リンゴジュースが主食ってアンタはキューペットポリンか」
「あはは、そう言えばペットが実装されたんだってね」
コイツがポリンを飼ったら餌の奪い合いになるのか……。
「なんか変なこと考えてる?」
「いやいやいや?」
ポリンとマジバトルをしている貴女の姿なんてまったく想像してませんよ、と。
……平和だね。
あの頃失ったと思えた平穏が、いまこうして自分に訪れている事。
少なくとも、詐欺に会った頃の俺ならまったく想像出来なかった事だ。
だからもし、あの頃の俺が今の俺の姿を見たらずいぶんと違和感を覚えるに違いない。だが。
「悪くないな……」
小さく呟く。
俺は今の自分に不満を感じてはいなかった。
平穏や平和。繰り返される平凡な時間。
いつか失うのかもしれないこの時を、それでも俺は精一杯大事にしようと思った。
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